熱転写

シャワーを浴びるとテーブルに腰かけいつもの練習をしてみる。ファックス用の熱転写用紙を広げて意識を集中する。今日は何にしようか?なんでもいいけど元気が出るのがいいな。じゃあ「ファイト一発」にしてみるか。紙の左上の端の一点から色が変わり始め見えない筆が運ぶように字を描いていく。もう少し早く書けないかなとも思うが今のところこれが限界のようだ。熱を運ぶ速度に限界があるようだ。意識を集中することで指先ほどの空間の温度を上げられることに気付いたのは子供のころだった。初めは場所もでたらめだったが、練習のおかげでかなり正確に速くあっためることができるようになってきた。飛んでいるハエを落とすことができるようになるのもそれほど遠くないかもしれない。今はまだ止まっているハエしか殺せないが。これができるようになれば歩いている人の網膜を焼いて失明させたり、冠状動脈を焼いて心筋梗塞を起こしたり、頸動脈の中の血液を凝固させて血栓をつくることもできるだろう。解剖しない限り通常の疾患と見分けのつかない状態を作り出せるのだ。でもそんなことが必要か?もちろん必要はない。電車の中のぶしつけな人の鼻の粘膜をちょこっと焼いてお仕置きをしてやるくらいくらいだ。こんな能力がもしばれたら、悪用でもされたら大変なことになるのは明らかだ。目立たないように静かに生きなくては。「一発」の最後のはねまできれいに書けたところで彼女は髪を乾かそうとドライヤーを取りに行った。小さなところを高温にすることはできても自分の髪を乾かすほどの熱量は出せない、そんなささいな、だが使いようによっては恐ろしい能力はしっかり管理しておかなくては。原子核一個でも近くの細胞を傷つけてしまう放射性元素のようなものだなと彼女は思う。