尊厳

「尊厳てなに?」
「いやに難しいこと聞くね?どうしたの?」
「宿題で。」
「ふーん。いまどきの学校ってちょっとでも哲学にからむ問題になると矮小化するかスルーするって思ってたけど。Wikipediaとかに無いの?」
「こんどね、コピペ検出ソフトをいれたから、自分で考えてださないと0点だって先生が言ってた。」
「向こうもやるな。それでどうしたいの?」
「尊厳ってどうしたらわかるの?」
「そうだなあ、例えば借金のかたに老人のなけなしのコートを分捕ったとする。」
「血も涙も無いね。」
「ああ、命の次に大切なお金だからね。」
「それで?」
「それでその晩がすごく寒くて、いくらなんでも火のない部屋では凍え死ぬとしたら、どうする?」
「どうしようもないんじゃないの?」
「夜だけは分捕ったコートを老人に返せ、って言うのが旧約聖書の教えだよ。」
「それと尊厳とどういう関係があるの?」
「借金のかたにコートを分捕るのは論理はとおっているだろ?」
「うん。」
「それでも、凍死されるといい気持ちはしないじゃない?」
「ちょっといやだよね。」
「なぜかというと、どんな人でも侵すべからざる存在というものがあって、人間には他人のそれを奪う権利はないからだよ。」
「そんなこと証明できるの?」
「証明はできない。直感的にわかるんだ。まるでそこに書かれているみたいにね。」
「ふーん。そうなの?どんな人でもそう?」
「この世に存在すること自体が非常にまれなことなんだよ。だから、生まれてきたこと自体に何か意味がある。それが何かはわからないが。」
「人の世話を受けないと生きられない人でも?」
「少なくとも、『他人を世話してあげる』という存在意義をほかのひとに提供しているだろ?」
「私そんなのいやだなあ。」
「人間を超えたところから見ると人間の尺度の価値観なんてちっぽけなもんかもよ。」