映画と米国社会

米国社会は「ホームアローン」のころからおかしかったんじゃないだろうか?小さい子供が一人で留守番をしないといけないのは中産階級が共働きでないと家計を維持できなくなった表れだ。ふだん子供をかまってやれない親が映画で「ほらこんな子供が悪者をやっつけてるよ」といっとき不安を和らげたような気になる。

さらに進むと「ミスター・インクレディブル」で、かつてのヒーローも日本人ぽい部長の管理する保険会社で顧客の利益など考えていられなくなる。
Mr.インクレディブル [DVD]

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おくさんまでヒーローじゃないとやっていけない世界だ。重要なことはここで子供を追跡して機銃掃射する悪者が出てきていることで、いくらアニメでもやりすぎじゃないだろうか?子供がダッシュダッシュでないといちころである。「スターシップ・トゥルーパー」では宇宙軍にリクルートされた能天気な若者が殺戮マシーンのような昆虫型エイリアンとの殺伐とした戦いに送り出される。
スターシップ・トゥルーパーズ [DVD]

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そこへ持ってきて「アバター」だ。僕はこの映画を見ていないけれど、映画のあとうつになってアバターごっこをしたがる米国人が出ているというのは、米国社会の現実がついに仮想世界への脱出へ駆り立てる段階に達したということだろう。一見社会的な視点の鋭い監督のもと奥さんの映画より「アバター」のほうが、米国社会の真実を深く掘り起こしている気がする。