妖精のコンタクト

人通りの多い都会にも不思議に人が途絶えた一角があるものだ。地元の人しか通らない狭い路地とか。学校の帰りに塾までのショートカットに最適なそんな路地を見つけた。ある初夏の日、隣家のハナミズキが咲く下で塀の上にティッシュ配りのおじさんを見つけた。おじさんといっても身長が25センチくらいしかない。
「おじさん何してるの?」
「おや、お嬢さん。ちょうどいいところへ。今ボランティアの献血を集めているところでしてね。どうかあなたも一滴ご協力お願いできませんか?」
「いいけどそんな量で足りるの?」
「ごらんのとおり私たちは小さいもんで。」
「同じ人類に見えないほど小さいんだけど?」
「大丈夫です。もしご協力いただけたら”妖精のコンタクト”を差し上げますよ。」
「やっぱ妖精じゃないの?」
「いや、まあ言葉のアヤというところでね。よかったら耳たぶから一滴お願いしますよ。」
耳を向けるとちくっとしてそれでおわりだった。
「ありがとうございます。お礼の品です。」
とくれたのは100円硬化くらいの容器だった。
「これにきれいな水を入れておくと毎日レンズが浮いてきますから取り替えてください。決して2日以上使ってはいけませんよ。」
「妖精の世界でもワンデータイプなんだ!」
翌日浮かんできたのはごく普通のソフトコンタクトだった。装着するとはっきり見えるだけでなく世の中の人が自分に好意を持ってくれ善意ばかりでできているかのような幸福なきれいさで見えた。残念なのは一日に一個しかできないことだ。そこで言いつけを無視して2個目を待つことにした。ところが…2日目になったレンズは容赦なく真実を照らし出した。まるで隠しておきたい内面まですべて暴くかのように人の微妙な表情筋のニュアンスが手に取るようにわかってしまう。恐ろしくなった私は以後1日目のものしか使っていない。片眼にしか装着できないが。