言ってもわからない

高齢になって認知症が近づいてくるとコミュニケーションが微妙になる。「それはおかしいからこうしたほうがいい」という説明をしても、もう理屈が理解できない。理解できないという現実を認めたくないのでさまざまな理由をつけて自説を固持しようとする。「反対された」という嫌な記憶だけが残り、周りの人がだんだん「いじわるなひと」になっていってしまう。仕方がないのでその人の立場を尊重しながら「そうですね、じゃあこうしましょうか?」という持っていきかたをするしかない。
外国との交渉でも同様のことがあるかもしれない。同じ知的土壌に立っていると仮定しないほうが正しいこともあるのだ。