What do you want?

『小説の読み方の教科書』はまた、作者が読者を批判する言説を世界で最初に導入した本だと岩崎氏は言う。そしてこの読者の否定のし方が、非常にアップル的なのだという。
アップルでは顧客を否定的に見ている。多くの企業が顧客を肯定し、彼らの声を聞こうとする。ところがアップルは、顧客を否定している。むしろ彼らの意見をなるべく聞かないようにしている。われわれ現代に住むベストセラー作家は、多くの企業の影響を受けているので顧客の声を聞きがちだが、昔のベストセラー作家は顧客の声を今ほど聞きはしなかったのではないか。
われわれは、顧客の声は正しく、聞くべきものだ、と考えている。顧客の意見はいつも正しく、自らの欲求を正確に反映していると、とわれわれは考えている。
しかし顧客の声は彼らの欲求を正しく反映していない。顧客の目が焦点を合わせて見ることのできる範囲は非常に小さい。心の表層部分にだけ焦点が当てられ、その奥の深層心理は非常にぼやけて見えている。彼らの声を反映した製品にするのであれば、その欲求が満たされるのは表面的な箇所だけで、奥行きの浅いすぐに飽きられてしまう製品になるだろう。それが顧客の声を聞いた製品の作り方である。
だがわれわれには深層心理というものがある。自分自身では意識できなかったり、あるいは想像することすらできない欲求。顧客は、そんな欲求を心の奥底に抱えながら製品を認識しているわけだ。
つまり自分でも何がほしいか分かっていないのである。その分かってない人に無理に聞き出そうとするのか、それともそれを無視し、あえて裏切る方が重要だと考えるのか。多くの企業はそれでも聞くことを重要視した。表層的な意識を重視したわけだ。アップルは、心の表層に現れないものこそ重要だと認識した。聞くのはアプリケーションを販売するくらいで十分だと考えたのだろう。アップルの製品は非マーケティング的になった。