息が詰まる?

「時々息の詰まるような感じがしませんか?」
「別に?」
「そうですか。人間ができていますねえ。」
「一度死んだ人間には息の詰まることなどないですよ。」
「ゾンビですか?」
「五羖大夫って知ってますか?」
「なんですかそれ?」
「昔秦という国があって西方の遅れた国と言われていたんです。そこへ晋の国の姫が輿入れすることになって教育係の爺も一緒についていくことになりました。」
「それで?」
「爺は蛮族の国に行くのがいやで逃げ出して、羊飼いの仕事をして隠れていました。学生の時に羊飼いのバイトをしたことがあったので。」
「そんなにいやですかね?」
「文明国から、地の果てに行くような感じがしたんでしょうね。ところが秦の国は国力をあげるためには優秀な人材を国籍をとわず登用していました。これが古い貴族が勢力をふるう楚との違いです。」
「ただの軍事国家じゃないんだ。」
「姫から爺が優れた人物だということを聞いた秦では爺をひそかに探し出して連れ戻しました。このとき、逃亡した奴隷だということにして羊の皮5枚と引き換えに身請けしました。それで五羖大夫といいます。」
「それでどうなったんですか?」
「この爺やは百里奚と呼ばれる大臣になって、ただの力のごり押しではない外交を秦にもたらし、国力を高めることに貢献しました。」
「それとゾンビとどんな関係が?」
百里奚はもともと晋とは別の国で国政に参加したいと学問を修めた秀才でしたがその国が晋に倒されて捕虜にされ姫の家庭教師になりました。」
「政治家としてはそこでいったん死んだ状態ですね。」
「それが回りまわって新興大国の大臣ですからわからないものです。」