働かないアリ

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

社会性昆虫の行動がいかにして進化したのかを考察する進化生物学者・昆虫学者の本。砕けていて読みやすい。アリとかハチでは利他行動を伴う真正社会性の行動が11回独立に進化していて他の生物(たとえば哺乳類)より圧倒的に多い。なぜかというとアリやハチはメスでは染色体が2コピー(2n)だがオスは1コピー(1n)だというところがミソだ。女王蜂が単一の雄から受精しているとすると働き蜂(メス)は父親由来の染色体はすべて同一で、母親由来の染色体は1/2の確率で同一なので妹の染色体は3/4の確率で自分と同じである。働き蜂が自分で受精して子を産むと子の染色体は1/2が自分と同じなので、女王蜂の産む妹を育てたほうが自分の遺伝情報を効率よく伝えることになる。というのが説明なのだが、こういう染色体の数のトリックのない哺乳類でもハダカデバネズミでは真正社会性の行動が出来上がっている。もしかしたら社会性の行動をとることで得られる個体の生存上の利益だけで説明できるのか?というのが論争なのだとか。
ところで働かないアリの効用は何かというと、仕事に取り掛かるスイッチの入りやすさに個体差があることによって、巣全体の安定性が保たれるからだ、という。たとえば暑い日に羽を震わせて風を送る仕事に取り掛かるのが早い個体と遅い個体がいることによってより安定的な温度管理ができるのだという。また、全員が同じ基準で働きだすと仕事量が多いと一時的に全員が疲れ果てて仕事が中断してしまい絶え間ない世話を必要とする卵や幼虫が死滅する危険が増えるのだという。
この世に神様はいないのかもしれないが、神の敷いたレールがどういうものなのか?を現実の自然を詳しく調べることで見通そうという努力がなされている。神の意思を探るのは現代では詩人の洞察のみによるのではない。暑いさなかにアリの巣を掘り返して何千というアリの数を数えたりする生態学者もその試みに参加している。