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「いってみれば、完全性は虚構の中でしか保たれないということですよ。」
「といいますと?」
「現実の世界ではこうあってほしいという理想はさまざまな障害のために実現していないことのほうが多いのです。例えば生物の図鑑に絵で描いたものが多いのは、現実に存在するものの写真よりも、典型的なものの理想像を描いたほうが特徴が良くわかるからです。」
「それで?」
「ですから、世の中でなんらかの理想を実現しようとしても、なかなかその形を目の当たりにすることはできません。例えば自殺企図の有る人を見抜く能力の有る人がいたとしても、その人が当の現場に居合わせなければ役にたちませんし、予知しえても実際に止められるかはよくて50%-50%かもしれません。でも、お話としては、ふらふらっと電車に飛び込みそうになったら止めてくれる人がいた、というのは一種のカタルシスですよね。」
「そうか、それで何でも助けるスーパードクターやら消防士がヒーローになりやすいわけですね。」

Dr.コトー診療所 (1) (ヤングサンデーコミックス)

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「そうなんです。お話として売る分にはそれでいいんですけどね。」
「それが現実とごっちゃになってしまっては困ると。」
「そうです。実際にそのようなシステムが動くためには、自殺しそうな人を見抜いて気づく人をトレーニングして何万人単位で養成しなければなりませんし、その人を適宜配置して24時間カバーする体制を構築する必要があります。たんなる御伽噺をビジネスというか、システムに変えるには莫大なエネルギーがいるわけです。」
「そこでひるまないためには夢とか志がいると?」
「むしろ『望』といったほうがいいかも。『望』というのは、高台に立って『この国を征服してやるぞ』という気持ちをこめて敵国を眺めるという呪術的な意味がこめられていますからね。」
太公望の望というのはボーっとしているものではなくて、激しいものなんですね。」