一本の糸

「今日寝ている時にふとおもったんだけど」
「何?」
「僕たちは生きていてこの世界のことは何でも知っているように感じているだろ?」
「うーん、そうかな?知らないことも多いと思うけど。」
「ちょっとニュアンスが違うかもしれないんだけど、今眺めているこの庭についてはだいたいのことをわかっていると思っていない?」
「まあ、知るほどの値打ちのあることならね。」
「でも、例えばそこの草の葉っぱを食べている芋虫の”もりもり食欲がわいてきていいぞ、空が近づいてくるぞ”っていう感じとか、1200種類のにおいが点描派の絵みたいに空間に色づいて配置されていて、”あ、なんかにおいが違うけど虫に食べられた木が警戒の匂いを放出して回りの木が防御態勢になったんだな”とか、実感としては、わからないだろ?」
「なんというか、表面の下の階層の深さみたいなもの?」
「そう。それで僕たちは生きている間にいわば神羅万象の間を貫く細い糸に触れた部分だけを知りながら生きていくんだろうなって。」
「でも、知りたくもないことも多いよ。スラムで希望のない暮らしをして親のために物乞いをしているような子供の気持ちなんて知りたくもないな。」