イリアスのリアリズム

イリアスは一見ホメロスの詩的な才能の産物のようにみえるが、戦闘の場面の描写は十分リアリズムのにおいがする。名にし負う名家の息子で家庭では愛される夫、父、息子である戦士たちがあっけなく勇士の槍の餌食になっていく。首に槍の一撃を食らって舌の根元を断ち切られ、どうと倒れるとその目は闇に覆われ、華麗な武具はカラカラと音を立てる。戦士たちの魂がどうなったかの描写など一切なく、ただ空しい死のあっけなさ、「なぜ彼が?」という問いにも答えはない。神々の意思というのはとってつけたような説明でしかないのは明らかだ。劣勢のギリシャ軍が優れた勇士の鼓舞で盛り返したり、はたまた逆にトロイア軍が押し返したりといった趨勢も神々の気まぐれとでも説明するほかない。一旦戦闘になると必然などないのだ。一国を率いるような立場に立つ可能性のある人はやっぱり読んでおいて損はないね。少なくとも十八史略よりは読んでさわやかかもしれない。